
そうです。元々、クラシックをやっていたんですが、中学生ぐらいのときにバンドブームというのがありまして。それの影響もあってバンドの方に進みました。でも、ボーカルやギターがキャーって言われているバックで弾くのにすごく憧れていたので、最初からサポートっていうのが夢だったんです。だから、学生時代もひとつのバンドというよりも、キーボードが足りないバンドのサポートをしていました。
まず学校の先生に進路を相談したときに、ミューズがいいよってすすめられて。それで体験入学をしたときに、先生の演奏の上手さにびっくりして、この人たちに習いたいと思いました。
技術的なこともたくさんありますが、講師の先生たちがプロとして現場で体験した体験談や感想を聞くことがなにより役に立ちました。厳しい世界なんだなって。自分もプロとして活動するようになって、今改めてあの時先生が言っていたことはこういうことなんだなって感じることもたくさんあります。サポートメンバーというのは、いろんな人たちと演奏します。そこでいい演奏ができれば、またそこから次に繋がりますし、それでよくなければ、ダメになってしまうこともあります。毎回現場で100%発揮できるようにするために毎日練習を欠かさないこととか、メンタル的に強くなることとか、プロとしての精神論なんかも学びました。
最初は先生に紹介してもらって、いろんな現場に行かせていただきました。そのなかに、「だんご三兄弟」を歌っていた速水けんたろうさんがいらっしゃって。サポートメンバーとして入っているうちに、あの曲が大ヒットして全国ツアーに回って。そこをきっかけに、どんどん繋がってという感じです。
それはありませんが、落ち込んだことは数えきれない程あります。落ち込んだときは自分の仲間と話をしたりするとすごく救われますね。そういうときに学校に行っていてよかったなと思います。今でもプロとしてやっている友人もいるので、状況もわかってもらえるっていう。そうやって周りの人に助けられたというのも大きいですが、何が何でもプロになってやろうという強い思いと、あとは音楽や演奏すること自体単純に好きだったので、演奏しない生活は考えたこともないです。
相手が、ここはこういう感じに弾いてほしいという要望に応えるために、いろんな引き出しを持っていないといけない、ということですかね。明るい感じといっても、相手によって明るい感じも違いますから。そのために、いろんなジャンルの音楽に聞いたり触れたりすることも大切だと思います。そうなると、結局行き着くところは練習ということになります。だから、自分なりの練習方法を見つけることも大切。そういうのは学校で習いましたね。自分のスタイルも大切ですが、技術というのは自分を表現するための道具だから、あるにこしたことはありません。また、サポートメンバーの場合、現場でいい演奏ができれば次に繋がりますから、演奏はもちろん、ちゃんと話もできる人柄も大切ですね。
とにかくいいミュージシャンと一緒にいっぱい演奏すること、そして見ること。いろんな音楽を聴いてどうやって弾いているのか、いろいろと研究した方がいいです。自分の色というのはそこからつけて行けばいいと思います。確かに厳しい世界ですが、諦めずにやっていれば音楽で食べていけるようになります。また、やった分だけ身になっていきますから、音楽や演奏そのものを楽しむことが大切です
Fumiko HATANAKA
Keyboard Player
ピアノ・キーボード専攻卒業 - 畠中 文子
幼い頃母の弾くオルガンに影響を受け4才の時にエレクトーンとピアノを習う。18才、ミューズ音楽院に入学。この時、DAVID FOSTERを聞き衝撃を受ける。この頃からミュージカルやライブなどのキーボードプレイヤーとして活動を始める。
卒業後ミューズ音楽院の講師を務める。『だんご3兄弟』を歌う速見けんたろうの初の全国ツアーに参加。
現在、レコーディング、サポート、TVなどで活動中。


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